いつまでも若々しくありたいものです。

ティップネス宝塚店のスタジオプログラム

私がはじめてヨガを経験したのはティップネス宝塚店のスタジオプログラムでした。

本当は自宅に近い、神戸三宮のヨガ教室にしようかとも考えたのですが、職場に近い宝塚にすることにしました。

ヨガをしようと思ったきっかけは、3人の子供を出産し6年間運動とは無関係の生活を送り、人生最大に弛んだ身体をそろそろ締めたいと思ったからです。

こんなものばかり食べていたからかもしれません。

他にヨガを出来そうな場所を探そうとも思いましたが、人見知りの私には個人的な教室だと緊張しすぎてヨガどころではない気がしたのでフィットネスクラブを選択しました。

フィットネスクラブのような人の多いところの方があまり周りを気にせず気軽にできるかと思い、他のヨガ教室と比較せずティップネスに行きました。
主人の会社の関係で、1日1500円の施設使用料で入館させていただきました。
私が入ったクラスはたまたま代行の先生の日だったようで先生の自己紹介から始まりましたが、会員の皆さんは代行に慣れているようで和気あいあいな雰囲気でした。
手や足の位置、体重の乗せ方、呼吸の仕方などすごく丁寧で分かりやすい説明で、ヨガがはじめての私でもなんとかポーズらしきものはできました。でもヨガは1つのポーズで静止することが基本なのか、とにかく止まる時間が長い!!手も足も腹筋もプルプルプルプル(笑)必死に止まりながら周りを見渡すとヨガに入り慣れてそうなオバさんたちはなんと涼しい顔!!さらに先生がたまに言う冗談にも声を出して笑ったりする余裕が私以外の皆さんにはありました。
自分の筋力の衰えを痛感した瞬間でした。
先生はオバさんたちが涼しい顔をしていることに気付き、更にキツいメニューを出し私は瀕死状態(笑)
でも「辛い人は手をついてください」などレベルに合わせて声かけをしてくださったので、あまり無理しすぎずに自分のレベルに合わせて行うことができました。
スタジオ内は天井にも鏡があり、寝ながらでも先生の様子が見えとても快適にレッスンできました。また、ヨガマットはレンタルしていただけるのですが、気になる人は消毒液が用意されてあり自分で消毒してから使用していました。

個人的にはレッスンの最後の瞑想の時間が気持ち良かったです。
静かな音楽を流しながら薄暗い部屋で寝転がり目を閉じるんです。プルプルしながらポーズをとり、筋肉を使ったあとにこれをするとすごく心も身体もスッキリ爽快でした!相当疲れているときはイビキをかいてしまうんじゃないかと思うほどリラックスできました。
はじめの手続きの時やレッスンの前後で何かを購入するように勧められたりということは一切なかったです。

結局私はヨガ自体は気持ち良く、続けたいと思いましたが、準備をしてフィットネスクラブに足を運ぶのが面倒臭く感じてしまい1日利用だけで終わってしまいました。
でもたまにあの爽快感をもう一度味わいたい!と思い、また1日だけでも利用しに行こうかな?と考える日は多々あります。
ヨガ慣れしていたオバさんたちを見ると、ヨガに限らず身体を動かし汗をかくのはいいことなんだろうなと思います。
身体も私より柔らかかったし、筋力ももちろん私よりあり、皆さん顔がイキイキしているなという印象が強く残っています。
長く通うと人間関係や先生との相性など、いろいろ他に問題が出てくるんでしょうが、そうなった時にはヨガ教室も増えてきているので他の教室に変わればいいのかな?なんて思ったりもします。
今回私が利用したようなフィットネスクラブならヨガでもいろいろな種類、いろいろな先生のプログラムがあり、レッスン時間も長いものから短いものまであるので飽きずにヨガを楽しむことが出来ると思います。
もう少し育児が落ち着き、私に余裕ができたらもう一度チャレンジして、あのオバさんたちのようにイキイキした顔でヨガを楽しみたいと思います。

今度は自宅に近い神戸のヨガスタジオに行ってみようと思っています。

lava 三宮

カフェドムッシュ 姫路店

カフェドムッシュ 姫路店に行ってきました。

アーモンドバターを使った料理がとても有名です。

ブランチピラフを頼みました。一緒に行った友人はハリウッドの大女優の名前を冠したスパゲッティです。

ホットヨガに行った帰りなので、とてもお腹が空いています。

しかし、どちらかというと水分補給の方が先のような気もしないではないです。

運動後に食べるには少し胃もたれ気味です。

お店の隣のケーズデンキで帰りにキッチンの蛍光灯を買って行こうと考えています。

このお店はモーニングも美味しいそうです。モーニングは食べたことはないですが。名古屋だけのものではありませんね。今の時代は神戸や姫路の喫茶店でも今の時代は普通に店で提供されています。

今日、ヨガ教室が終わってから一緒に食事に行った人は御主人の関係で関東から引っ越してきた人でした。転勤族もなかなか大変ですね。子供のこととかは、やはり気になるようです。

ママ友が一人もいないので心細いなんてことを相談されました。

ところで、ここのお店ですが、季節の催しがあるときには店員スタッフが仮装するらしいです。

果たしていくらの給料を貰っているのか知りませんが従業員も大変ですね。

うちの主人はもっと大変かもしれませんが。

あの時

あの時、起きた出来事を抽象化して考えてみると、私に起きた出来事とツヨシに起きた出来事は恐ろしいくらいに、そっくりな相似関係にあるのです。今回は交遊関係のみに焦点を当ててみることにします。

まず、本命がいながら別の相手とも良い関係になった。本命の方が遥か重要であるにも関わらず、もう一人の相手の方とより深い関係であったということ。爛れた乱れた関係であろうことは簡単に想像できます。もう一人の方は、それほど大事にしていなかったにも関わらず頻繁に会ったこと。あまり人には知られたくない関係であったことが推測されます。破局が見えていたけれど、流されるような状況であったかもしれないのです。その後、私の場合は交通事故を皆の前で惹き起こし、救急車で病院に搬送されました。彼の場合は不法に所持をしていたとの理由で新聞沙汰になったものです。家族は辛い思いをしたであろうことは噂で聞きました。

嫌々通ったピアノ教室

私がまだ小学校低学年だった頃、母が知り合いの家からピアノをもらって来ました。YAMAHAのアップライトピアノです。
母の実家は貧乏だったため、子供の頃習い事に行く金銭的な余裕がなかったらしく、自分の子には絶対にいくつか習い事をさせてあげようと考えていたそうです。そこで、とにかく将来役に立ちそうな英語と、男の子には剣道か空手、女の子にはピアノをさせようと思い、私にはピアノが与えられました。
ピアノ教室は近所の奥さんがやっている、神戸市の北区にある個人営業の教室で、毎週水曜日、学校が終わった後に行き始めました。
もちろん当時の私はピアノなんて弾いたことなどなかったですし、弾きたいと思ったことすらありませんでした。
よって母に「行きたくない」と一応は言ったのですが、「習い事に行けるなんてあなたは恵まれているのよ」と言われ、無理やり行かされていました。
しかし、いやいや行っているため、レッスンは受けるものの、家での自主練習などやるわけがなく、楽譜の読み方だって覚える気はありませんでした。
それでも母は諦めず、嫌がる私を毎回引っ張って連れて行きました。
最初のうちは楽譜も読めないということで、先生がお手本で弾いて、その通りに弾くということをやっていました。
私は手先は割と器用な方なので、マネすることは簡単でした。そこで次のステップということで、楽譜の読み方を教わるようになりました。
しかしここから苦戦しました。あの複数ある線の中に黒い丸や白い丸の音符が書いてありますが、私はいちいち「ド、レ、ミ、ファ・・・」と数えなければ読めないのです。
なので弾きながら読むということなどできるはずありません。

さらに、楽譜を読むには色々な記号も覚える必要があります。
自分がやりたくて始めたのなら頑張って覚えたのでしょうが、はなから嫌々通っていたのです、やる気がなければできるようにはなりません。ここでつまずいたことにより、私はとうとう嫌になり、教室に着いたらすぐにテーブルの下に潜り込んで授業をボイコットしました。先生と母がなんとが私を引き摺り出そうしましたが、私はテコでも動かず、帰るまでの2時間、机の下で過ごしました。先生は穏やかで優しい性格の人でした。

 

よって「ちゃんとやりなさい!」と怒られることはありませんでした。とうとう先生は根負けして、「そんなに嫌なら楽譜を覚えなくていい」と言い、私は”先生が弾くのを見て、曲を丸暗記して弾く”というスタンスに落ち着きました。それでもその日の気分によって例のごとくボイコットしたりしていたため、結局弾けるようになったのは”猫踏んじゃった””メリーさんの羊””簡易版エリーゼのために”の3つだけでした。発表会では楽譜が読めないので、目の前に一応置きはするのですが単なる飾りとなりました。
結局、その教室には1年間通い、月額1万5千円×12、さらに全く使わずに終わった楽譜数冊のお金をドブに捨てた形になりました。
正直、ピアノ教室にいい思い出はありません。唯一、発表会で綺麗なドレスを着れたことだけは嬉しかったですね。

それで、今思えば、この方法ならばピアノを楽しく弾けたかもしれません。

神戸市 ピアノ教室

 

 

ちくびの黒ずみにホエーを使う?

女性なら誰でも黒ずみのない身体になりたいと思いますよね。

私ももちろんその中の一人です。

自分の身体をマジマジと見つめなおしてみると、まぁあらゆるところが黒ずんでいてひどいものです(>_<)

ひざやひじ、脇の下などあまり積極的に人に見せる部位ではなくても黒ずんでいるとなると気になって仕方ありません。

中でも一番自分で嫌だなと思っているのが、非常に恥ずかしいのですが乳首なんです。

私はもともとメラニン色素が強い体質なのか、昔から乳首が黒いんです。

黒いうえに貧乳なので、もう救いようがないくらい自分のバストが大嫌いです。

貧乳でもせめて乳首が綺麗なピンクだったなら、まだ救いようがあると思います。

さらに元々が黒いちくびだったのに、2度の出産と授乳を経てますます真っ黒に黒ずんだ乳首が出来上がってしまいました。

別に誰かに何かを言われたわけではないのですが、以前にネット上で貧乳で黒い乳首は最悪だみたいな意見があって、ものすごくショックを受けたことがあります。

これって私のことだよなぁと自分のことを叩かれた気分になってしまい、どうにかこの黒ずみを解消したいと思い、黒ずみに効く方法をたくさん調べました。

ドラッグストアやネットショップには、これを塗るだけで黒ずみがなくなるといううたい文句のお値段高めのクリーム類がたくさん売られていることも知りました。

正直それらを購入して黒ずみに塗りたくってもいいかなと洗脳されかけたのですが、そんなに自分の身体の黒ずみにお金をかけられるほどかと言ったら、そうれはありません。

家計を任されている主婦として、自分の欲望のために高額な買い物をするのは大変気が引けるものです。

そこで、お金をあまりかけなくても身体の黒ずみを解消できる方法を探してみました。

すると、乳首の色を綺麗にするにはヨーグルトの上澄み液、いわゆるホエイ液をコットンに浸してパックするとよいという情報をキャッチしました。

これなら安くて手軽に挑戦できるなと感じました。

家族にその方法を試している姿を見られるとさすがに恥ずかしいので、見つからないようにこっそり試している最中です。

まだ始めたばかりなので効果のほどはわかりませんが、これで長年悩み続けた黒い乳首が少しでも綺麗になれば本当に嬉しいものです。

これからもヨーグルトが特売の時には、いそいそと買いに走ることでしょう。

何年かかってもいいから、一度は憧れのピンク色の乳首になってみたいなぁ( *´艸`)

 

それで何かないかと探していたら、こんなのがありました。

ちくび 黒ずみ

小学生の頃の部活動の惨めな思い出

父、母、2歳年上の姉がいる4人家族でした(^^)私は次女に当たります(^o^)住んでいたのは兵庫県の小さく平凡なのんびりとした街です(^_^)父は地元企業のサラリーマン、母は家から近いところで電子部品関係のパートをしていました(^-^)祖父母は隣の市に住んでいました(^_^)
勉強の方は姉は遊ぶ方が好きで社交的で活発だけれど勉強は好きではありませんでした(–;)私の方は勉強が好きと言うよりは、決められたことはやらないと気が済まない性分で、コツコツ宿題に取り組んだ結果、勉強は得意な方でした(^^)本を読むことも好きだったので勉強には向いていたようでした(^.^)

私たちが通う小学校では強制的に部活動がありました(T_T)運動部、吹奏楽部、合唱部の3つがありました(*_*)しかも、どこに入部するのかは先生が決めるのです(T-T)姉は活発なので習い事で器械体操教室に通っていたにもかかわらず、合唱部でした(゜ロ゜)合唱部は練習日が一番少なく、普段は練習があったりなかったり、コンクールの前だけ熱心に練習していたようでした(^.^)

私は勉強は得意でしたが、運動は苦手でした(T_T)運動部は春はバスケ、夏は水泳、秋は陸上競技、冬はクロスカントリースキーをやりますΣ(゜Д゜)部活動は4年生の夏ごろから始まるのですが、私は体育の授業でたまたまその頃の水泳のタイムが伸びてきていました(-.-)だだ、それだけで運動部に入部させられました!Σ( ̄□ ̄;)今思えば、先生に「嫌だ」と言えばよかったんですよね(T-T)まだ子供だったので「先生に従わなければならない」と考えてしまい、運動部で活動を始めました(>_<)  運動部の練習は土日の午前中もあり、ほぼ毎日ありました(T_T)

 

運動が苦手なのに入部してしまったので、その練習は散々なものでした(ToT)

 

バスケではコート場の練習人数が限られてくるので、私を含めバスケに向いていない一部の者はグランドで走り込みと筋トレだけでした(´д`|||)他の部の人たちからは「何で体育館でバスケしないの?」とよく言われました(T-T)他の先生が見かねて運動部の先生に「一緒に体育館で練習させてあげてほしい」と言ってくれて、一緒にバスケの練習をすることになりました(^^)けれど、今までの練習量も経験値もちがいます(・・;)

 

コート場では先生の指示も理解できず怒鳴られ頭を叩かれ、元々バスケをしていた人の中にはバカにして笑ってくる人もいました(T_T)  水泳は記録がさらに伸びることはなく、毎日体力の限界まで泳いでいましたm(。≧Д≦。)m腕がとても辛かったのを覚えています(>_<)私は飛び込みが怖くてまともに飛び込めませんでした(´д`|||)それも先生を怒らせてしまう一因で、みんなの前で「飛び込みが怖いのか?あぁ?」と怒鳴られました(ToT)

 

先生は椅子を蹴り飛ばして威嚇してくるほどでした(。>д<)  陸上では短距離走を選びました(–;)他にできそうな種目もないので短距離走しか選べませんでした(T-T)一度も大会に出場できないどころか、補欠にもなれませんでした(;o;)大会にも連れて行ってもらえず、他の部の人たちからは「何で授業に出てるの?大会に行かないの?」と笑われて恥ずかしかったです(T_T)  スキーはみんなの足を引っ張っている自覚がありました(;´д`)私だけとりわけ遅く、格好悪くて恥ずかしくて情けなかったです(;_;)天候の悪い日は体育館で走り込みや筋トレでしたが、チームに分かれてのリレーが一番嫌でした(ToT)

チームは子供たちがドラフト制で決めるのです(。>д<)先生がドラフト制に決めたのでした(;_;)私はほぼ毎回最後まで名前を呼ばれません(T-T)「悔しかったら強くなれ、練習しろ」という先生の方針だったのかもしれませんが、毎回みんなの前で「あの子は弱い、要らない子」というレッテルを貼られているようで、とても惨めでした(´д`|||)

 

運動部の頃に「自分はダメな子」と刷り込まれ、みんなの前で恥ずかしい思いをした屈辱は大人になった今でも引きずっています(T_T)自分に自信がありませんし、自分をよく見せようとしてしまうところがあります(>_<)背伸びしても自分が辛いだけなので、なるべく自然体でいることを心がけています(^_^)

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