嫌々通ったピアノ教室

私がまだ小学校低学年だった頃、母が知り合いの家からピアノをもらって来ました。YAMAHAのアップライトピアノです。
母の実家は貧乏だったため、子供の頃習い事に行く金銭的な余裕がなかったらしく、自分の子には絶対にいくつか習い事をさせてあげようと考えていたそうです。そこで、とにかく将来役に立ちそうな英語と、男の子には剣道か空手、女の子にはピアノをさせようと思い、私にはピアノが与えられました。
ピアノ教室は近所の奥さんがやっている、神戸市の北区にある個人営業の教室で、毎週水曜日、学校が終わった後に行き始めました。
もちろん当時の私はピアノなんて弾いたことなどなかったですし、弾きたいと思ったことすらありませんでした。
よって母に「行きたくない」と一応は言ったのですが、「習い事に行けるなんてあなたは恵まれているのよ」と言われ、無理やり行かされていました。
しかし、いやいや行っているため、レッスンは受けるものの、家での自主練習などやるわけがなく、楽譜の読み方だって覚える気はありませんでした。
それでも母は諦めず、嫌がる私を毎回引っ張って連れて行きました。
最初のうちは楽譜も読めないということで、先生がお手本で弾いて、その通りに弾くということをやっていました。
私は手先は割と器用な方なので、マネすることは簡単でした。そこで次のステップということで、楽譜の読み方を教わるようになりました。
しかしここから苦戦しました。あの複数ある線の中に黒い丸や白い丸の音符が書いてありますが、私はいちいち「ド、レ、ミ、ファ・・・」と数えなければ読めないのです。
なので弾きながら読むということなどできるはずありません。

さらに、楽譜を読むには色々な記号も覚える必要があります。
自分がやりたくて始めたのなら頑張って覚えたのでしょうが、はなから嫌々通っていたのです、やる気がなければできるようにはなりません。ここでつまずいたことにより、私はとうとう嫌になり、教室に着いたらすぐにテーブルの下に潜り込んで授業をボイコットしました。先生と母がなんとが私を引き摺り出そうしましたが、私はテコでも動かず、帰るまでの2時間、机の下で過ごしました。先生は穏やかで優しい性格の人でした。

 

よって「ちゃんとやりなさい!」と怒られることはありませんでした。とうとう先生は根負けして、「そんなに嫌なら楽譜を覚えなくていい」と言い、私は”先生が弾くのを見て、曲を丸暗記して弾く”というスタンスに落ち着きました。それでもその日の気分によって例のごとくボイコットしたりしていたため、結局弾けるようになったのは”猫踏んじゃった””メリーさんの羊””簡易版エリーゼのために”の3つだけでした。発表会では楽譜が読めないので、目の前に一応置きはするのですが単なる飾りとなりました。
結局、その教室には1年間通い、月額1万5千円×12、さらに全く使わずに終わった楽譜数冊のお金をドブに捨てた形になりました。
正直、ピアノ教室にいい思い出はありません。唯一、発表会で綺麗なドレスを着れたことだけは嬉しかったですね。

それで、今思えば、この方法ならばピアノを楽しく弾けたかもしれません。

神戸市 ピアノ教室

 

 

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